心屋さんのブログから、ご紹介(*´ω`*)
「問題」とは「お題を問う」だから
「解決」とか「なんとかしよう」「消そう」ではなく
その「問題となる現象」の「お題」を見つければいいわけです。
では、
その「問題」という「うまくいかないこと」は、いったい誰が誰に出しているのか?
どういうときに出るのか?といえば
その人が「本来の自分の生き方」から
外れたときに出るわけです。
「罪悪感」から
自分の本来の生き方から外れたとき。
誰から? 問を出されてる?というと
「本来の自分」から
「いまの自分」に出されているわけです。
だから、問題は「解決」ではなく
「解く」だけでいいのです。
「解く」とは「知る」ということ。
それは
「自分が何を勝手に正しいと、悪だと思いこんで 勝手に苦しんでいるのか」
「自分が、なにを悪いこと、責められること(罪悪)だと信じているのか」を
「知る」こと、それが「解く」になるのです。
つまり、「苦しまなくていいところで苦しんでいる」
「自分が勘違いして勝手に騒いでいる」
「問題がないところに勝手に問題を作っている」
だから、解けたら
「へー!!! おもしろ~い!!!」なのです。
「こんな所に、まだ罪悪感が合ったんだー」って、笑えばいい。
そうして、問題が解けると、
問題が消えたり、問題で無くなってしまったりするわけです。
「結果として」解決します。
「解決」が目的ではないのです。
ええ「どんな」問題も、ね。
その答えは「自分のどこが悪いんだろう」
には、決してないという事でもあるのです。
仁さんの伝えたいこと、伝わったでしょうか…(●´ω`●)