他者との違いは、相手と自分の違いを明確にするというより
自分は「どうありたい」のか
自分は「何が好き」なのかを教えてくれるもの。
自分と価値観が違う人
自分と思考が違う人
自分と好みが違う人
み~んな、【私】を明確にしてくれる材料でしかなかった(o゜▽゜)o
と、今頃になって気づいてしまった💧
トホホ…。もっと若いときに気づいてたら、人生は大きく違ってたなぁ~💦
『もぅいかなくちゃ』
そう言って、この世を終えたい。
詩人の伊藤比呂美さん。ご両親やご主人、愛犬を見送るたびに“死”と向き合い、どう“死”と付き合うか?
結果、仏教を学び詩人としての言葉に仏教を訳している。
伊藤比呂美さんの体験と、詩人としての感性はすごい(´▽`)ノ
『もぅいかなくちゃ』
そう言って、この世を去ったソクラテスとお釈迦様。
ソクラテスは哲学者、当時の思想が神々を冒涜していると死刑に(毒殺)
弟子や友人は逃げるよう手配するが、それを拒み毒を飲み亡くなる。
お釈迦様ももてなしの料理が、肉が傷んでいたか毒キノコが使われていたか、どちらにしても“もてなし”の料理を受け入れた。
その時、弟子には料理を辞退させ、自らは毒と分かった料理を食して亡くなる。
亡くなる前に横臥し、弟子へ残した言葉が語りつがれている。
『もぅいかなくちゃ』
伊藤比呂美さんは、このように逝きたいと。そして私も『もぅいかなくちゃ』と去る身でありたい。
作家の小川洋子さん。
祖父が金光教のため、幼少から影響を受けているのを小説で感じる。
五木寛之さんは、敗戦後の植民地での体験や弟さんの死から仏教を学び、沢山の仏教の本を出版。
『死を語り、生を思う』はお二人の対談があった。
小川さん
赤ん坊のうぶ声が表現するのは死の宿命。 私、子供を産みましたときにうぶ声というものは、まさに生まれたばかりの生命を喜び、そのエネルギーを讃えた喜びの泣き声で、それを聞いて親の私たちも喜びに打ち震えるのだと想像していたけれど、実は子供のうぶ声は非常に悲しみに満ちているんですよ。
五木さん そう感じました?
小川さん
子供が生まれて泣くのは、これから自分に与えられる苦しみを悲しんで泣くのだと言われますが、私もそう感じました。
生まれることは喜びばかりではない。
死にまつわる、切なさのようなものを赤ん坊のうぶ声は表現しているな、と思いました。
ふーん(´_ゝ`)
やはり【人生】を生まれた時から、私たちは解った存在なんだね。
もし死ぬ時が分かっていたら、今と同じ事をするだろうか?
以前の会社でお世話になった男性が、心不全のため65才で亡くなった。
10年以上前に心臓のバイパス手術はしてたんだよねヾ(≧∇≦)
血気盛んでバイタリティーのある人。倒れたのは社内。
もし死ぬ時が分かっていたら、今と同じ事をするだろうか?
同じく前の会社でお世話になった本部長さん、71才。
私が「もし死ぬときが…」と質問したら
「そりゃ、もちろん働くさ」と。
男性にとって、会社は生き甲斐。そこから離れた人生は生きづらいらしい。
しかし女性の友人、今年70才で定年。これまた同じ意見だった∑(OωO; )
「定年後、何をしたらいいか分からない」と。
う~ん、男性特有ではなく、働く人々の意識がこんなに仕事にウエイト占めてることに驚きだった‼️
分からなくはない、仕事は確かに楽しいから。
でも人生の終点が見える時点で、他の楽しさ体験しておきたくない?
『お金』と『健康(肉体)』
さて、どっちが先につきるか?
おおよそ人の恐れは『お金』を失うこと。
もちろんお金がないと生活できませんからね~(*゜▽゜)ノ
大切、大事なお金。
そして『健康』、これまた健康でないと辛いし不自由。
外出もままならない、食べ物が美味しく食べれないなんて、生き地獄(´;ω;`)
どっちも大切な『お金』と『健康』
お金は目に見えて明らかなので把握しやすいけど、健康(肉体)はそうじゃない。
体は頑張って調整し、堪えきれなくなると痛みとして体の主にアラームを鳴らす。
これでも主が気づいてくれない💦
もぉ~無理💨
とばかりに“病気”へ突入。
どっちも大切な『お金と健康』。
だからどちらも、気がけてあげて欲しい。